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杉の坊のつぶやき

実は知らない健康や医療に関する情報を発信

データがもたらす影響

※内容はあくまでも個人の主観です。

 
岡山大学の件に関わって、連続した内容になりますが、
今回は、改ざんなどが行われた論文やデータが、
どういった影響につながる可能性を秘めているのかを
少し説明したいと思います。
 
臨床データなどが捏造、改ざんされるという事は、
「効かないけど効くようにみせかける」という事です。
これは言葉で説明するよりもはるかに深刻で危険な要素をはらんでいます。
 
ここに付随して最も悪質なことを説明します。
かなり深い話になりますが
薬の開発に関しての臨床データであった場合、通常では得る事のできない結果を
さも効果が出たかのように見せかけ承認に結びつけるわけですが、
生半可に何かしら効果が出るような内容のままで製造に結びつけてしまうと、
下手をすると副作用などの弊害で問題化して掘り返されてしまう可能性もあるため
ほとんどなんの効果も害もないものを逆に選んでいる可能性が高いのです。
ようするに「わざと」のレベルがとても高く、非常に悪質なのです。
 
効果効能については薬事法の元、医師、薬剤師など特別な立場以外が説明する事は禁じられています。
商品自体がその許可を取る「特定保健用食品」の場合も、一般の販売者が効果効能を前面に出して説明する事は認められておらず、商品表示に効能を示す事だけが許可されています。
この部分に関しても認可に関する手続きが必要なのですが、この認可申請自体にも違和感を感じざるをえない内容が含まれています。
この部分は過去の記事でも説明しましたので本記事ではほぼ割愛しますが
ざっくり言うと、許認可に関わる資料は揃っていても、申請に関わる莫大な費用がなければ認可はもらえず、お金が用意できれば書類は形式的に揃えるだけで認可がもらえるのです。
 
医療や健康に関わる事というのは、時として人の命に関わることです。
後から後から「間違ってました。すみません」ではいけない絶対の分野なのです。
 
単なる食品のように提灯記事やコマーシャルで、売ることだけを目的に
美味しいかどうかも個人の味覚に任せるような商売とは違って、
体の不具合や病気に悩む方の症状に対する結果を、
正しい手順で正しく明確にしなければいけないのです。
効かないなら効かない、効くなら効く、可能性があるならある、
ないならないと、真剣に向き合うべき分野なのです。
 
病に悩む人々は、効くかもしれないという言葉だけで
時にはお金に糸目をつけずに飛びつきます。
それはそれほど切実に悩み、本当に困っているからです。
お金なんかよりもよほど大切な部分だからです。
 
そのように、人々にとって、とても大切な部分をコントロールできる医療分野。
実情は私利私欲にまみれ、結局のところお金が全てになっています。
 
売る為、作るため、企業を存続する為、従事者の生活などなど。。。
すべてお金があって初めて成り立つことです。
しかし、確かに考えるべきことではありますが、そういった理由で商売をするのと
人の健康や病気に値段を付けるのとでは大きく違います。
 
そういったことも含めて、許認可にかかわる分野においての改ざんや捏造は
絶対にあってはならないことなのです。
 
病に苦しむ患者に希望だけを与えるようなあいまいな説明や認可は、
足元を見た詐欺ともいえるお金稼ぎではないのでしょうか?
 
前記事では国に定められたガイドラインの話をしましたが、
国の定めたガイドラインというのは一定の基準のデータを基にしています。
ということは、
データが嘘であればデータの責任であって国の責任ではないのです。
国は提出されたデータと書類だけで判断しますので、
その認可に携わる人たちの判断ひとつで不可が決まります。
 
臨床データ改ざんの場合、国からそういった判断資格を受けている
医師や、研究トップ、大学教授など、こういった人達が正しく判断していることが
大前提なので、書類のみの提出で認可に至ったり次のステップに進むのです。
 
基本データを基に製薬会社などの開発によって薬ができるのですが、
2割の真剣な研究開発に対して8割の逆算方式ともいえます。
 
逆算方式というのは、
国の調査内容に基づいてニーズのある薬の開発を計画し、
それに伴って安易に研究データや臨床データを用意するものです。
 
ひとつかんたんに申し上げておきますと、
様々な食品内に含まれた栄養成分には、解明されているものとされていないものがありますが、例えばビタミンCに関して言えばビタミンCだけで様々な効能が認められています。その効能を利用してビタミンC含有薬を作成すれば、その効果がある薬として認められるのですが、もしもそこからまじめに真剣にデータを作成するとすれば最低でも11年以上の臨床研究が必要になります。
通常なら、いくら成分構成が似かよっていても新しく作成された薬を単体としてきちんと1から臨床すべきなのですが、いちいちそんな事をしていたらとてもではありませんが間に合いません。
なので、過去のデータを引用したり、含有成分上既存の臨床を貼り付けたりして、そういった本来やるべきであるリアルな臨床時間を短縮します。
その結果、いくら成分構成が似かよっていても、ほんの少しの変化で一方の薬が重篤な副作用被害が出たり、流通してから全く効かない事が判明したりするのです。
ここが、わかっていない部分とわかっている部分の慎重に取り扱うべきところなのですが、科学的な根拠のみをベースにデータ構築しますので、未解明な部分についての未知数な点についての考慮にかけているのです。
 
少し面白い矛盾があるのですが、
例えばテレビで「~~が体に良い」として何か食品や商品が紹介されたとします。
翌日の売り場からその商品があっという間に売れて消える現象は有名ですが、
このとき、その食品自体が認可を有していなかった場合、売り場にテレビで紹介されたままの内容を書いて張ったり表示したりすることは禁じられています。
厳密には、販売員が前日のテレビの内容を引用して効能を話すことも禁止されています。掲載されている書籍やテレビ放送の録画を流すこともダメなのです。
あくまでも厳密には…という話なのですが矛盾を感じませんでしょうか?
 
説明責任の追求ができないからこそこういった曖昧な矛盾が生じるのであって
薬だろうが栄養成分だろうが、誰が説明しても統一しなければいけないはずで、
きちんと制定すればいいものを、特殊な資格を設けておきながら一貫できないような
中途半端な規制ばかりを設けるからこういったことにつながってくるのです。
 
販売目的の販促行為であれば認めないが説明だけなら許される…
こういった説明の元で様々な取り決めが施行されているのですが、
大前提が「利益」につながるか否かという視点自体が、
既得権益とも言える医療業界の独権が反映されているとしか思えません。
 
こういった点からも、データの虚偽改ざん行為が常態化している一番の原因は
やはり生み出される利益が狂わす人の心なのだろうと思います。
 
どうお考えになるでしょうか…
 
 
杉本